起業して売却を繰り返すという道はあり?

「会社を起業して、軌道に乗ったら高値で売却。その資金を元手に、また新しいビジネスを立ち上げる…」

 

そんな、まるでゲームを攻略していくかのような華麗な生き方、シリアルアントレプレナー(連続起業家)という言葉に、あなたは憧れを抱いているかもしれません。メディアを賑わせる彼らの姿は、スマートで、自由で、そして何より、とてつもなく格好良く映りますよね。

 

その道、もちろん「あり」です。しかし、この記事を読んでいるあなたを含め、ほとんどの人間には、まず不可能な道だということも同時にお伝えしなければなりません。この記事は、そんな夢のような生き方に憧れつつも、日々の資金繰りや人材採用に頭を悩ませている、真面目で誠実なあなたのために書きました。

 

この記事を読めば、なぜ連続起業家という道が現実的でないのか、そして、私たちのような「普通」の経営者が本当に目指すべき道はどこにあるのかが、理解できるはずです。キラキラした幻想から目を覚まし、あなたの目の前にある事業を、本当の意味で「成功」させるための、地に足のついた一歩を踏み出すきっかけになることをお約束します。さあ、少し耳の痛い、でもあなたの未来にとって絶対に不可欠な話を始めましょう。

起業と売却のサイクル、その夢は「あり」か「なし」か?

 

まず最初に、この記事の核心からお話しさせてください。「起業して、上手くいったら売却し、また次の起業へ」という生き方は、選択肢として存在するのか。はい、存在します。でも、それは「ありかなしか」という二元論で語るべきテーマじゃないんです。問題は、それを本当に実行できる人間が、この世にどれだけいるのか、という確率の話なんですよ。

巷で聞く「シリアルアントレプレナー」という甘美な響き

最近、本当によく聞く言葉になりましたよね、「シリアルアントレプレナー」。雑誌を開けば特集が組まれ、SNSを覗けば景気の良い話が飛び交っている。まるでそれが、起業家の目指すべき一つの到達点であるかのように。

 

「〇〇社の創業者が、会社を数十億円で売却!」
「イグジット(売却)した資金で、今度は〇〇領域に挑戦!」

 

こんな見出しを見たら、誰だって心が躍るじゃないですか。特に、今まさに自分の会社で苦労している人ほど、「売却すれば、この苦しみから解放される」「自分もあんな風になれるかもしれない」…そんな風に思ってしまう気持ち、めちゃくちゃ分かります。私も昔はそうでしたから。

 

でも、それはまるで、プロ野球選手のホームラン集だけを見て、「自分も簡単にホームランを打てる」と錯覚するようなもの。彼らがその一本を打つために、どれだけの血の滲むような素振りをし、どれだけの挫折を乗り越えてきたのか。その泥臭い部分が、メディアの華やかな報道からはすっぽりと抜け落ちているんです。私たちは、その甘美な響きの裏側にある、厳しい現実を直視しなくちゃいけません。

なぜ「無理」と言い切れるのか?その残酷な現実

では、なぜ私が「ほとんどの人には無理だ」と、こんなにも強く言い切るのか。それは、会社を立ち上げて売却できるレベルまで成長させ、さらにそれを「繰り返す」ために必要な能力が、あまりにも人間離れしているからです。

 

想像してみてください。まず、ゼロからイチを生み出す能力。これはアイデアだけじゃなく、それを事業計画に落とし込み、仲間を集め、資金を調達し、実際にプロダクトやサービスとして世に送り出す、とてつもないエネルギーと実行力が必要です。一つの会社をここまで持っていくだけでも、ほとんどの人は心身をすり減らします。

 

そして、やっとの思いで育てた会社を「売却」するフェーズ。これがまた、地獄なんです。買い手を探し、企業の価値を算定(デューデリジェンス)され、交渉のテーブルにつく。そこでは、自社の弱みを徹底的に突かれ、買い叩かれそうになることなんて日常茶飯事。「我が子を人身売買にかけるようだ」と表現した経営者もいるくらい、精神的に追い詰められるプロセスです。

 

…で、シリアルアントレプレナーは、この一連の流れを「複数回」成功させるわけです。え?正気ですか?って話ですよ。1回でも成功すれば奇跡なのに、それを何度も。これはもう、才能とか努力とか、そういう次元の話じゃない。何か、根本的なOSが違うとしか思えないんです。宝くじに何度も当たるようなもの、と言っても過言じゃない。だから、普通の感覚を持った私たちが安易に目指してはいけない。それが私の偽らざる本音なんです。

「売却を繰り返す人」って、一体どんなオバケなの?

 

ここまで読んで、「いや、それでも自分は特別な人間かもしれない」と思っている方もいるかもしれませんね。素晴らしい自信です。では、その「特別」の正体、つまり連続起業家と呼ばれる人たちが、一体どんな能力を持った"オバケ"なのか、もう少し解像度を上げて見ていきましょうか。彼らの存在は、私たちとは違う生態系に住む生き物だと考えた方が、むしろ理解しやすいかもしれません。

彼らが持つ「異常」なスキルセット

シリアルアントレプレナーが持つスキルは、多岐にわたりますが、特に「異常」だと私が感じるのは三つです。

 

一つ目は、「0→1の再現性の高さ」。普通の経営者が一生に一度、奇跡的に成功させられるかどうかという「事業の立ち上げ」を、彼らはまるでレシピ通りに料理を作るかのように、何度も成功させてしまう。市場のニーズを嗅ぎ分ける嗅覚、アイデアを高速で形にする実行力、そして何より、最初の顧客を見つける突破力。これらが驚くほど高いレベルで、しかも安定して発揮されるんです。うん、たぶんこれはもう、天性のものなんでしょうね。

 

二つ目は、「人を巻き込む天才」であること。事業は一人ではできません。優秀な共同創業者、スキルを持った従業員、そして何より、夢にお金を出してくれる投資家。彼らを惹きつけ、「この人となら成功できるかもしれない」と信じ込ませる力、いわゆるカリスマ性が尋常じゃない。初対面の相手を数分で口説き落とすなんて話も、彼らの周りではザラに聞きます。

 

そして三つ目。これが一番大きいかもしれない。「失敗をデータとしか見ていないメンタリティ」。我々凡人は、一度の失敗で心が折れそうになります。「もうダメだ…」と夜も眠れなくなる。でも彼らは違う。失敗を、単なる「このやり方は上手くいかないというデータが取れた」という事象として、極めて客観的に処理してしまう。この強靭すぎる精神構造が、何度も挑戦し続けることを可能にしているんです。凄すぎて、ちょっと引いちゃいますよね。

事業への「ドライな愛情」とでも言うべきか…

もう一つ、彼らを彼らたらしめている決定的な違いがあります。それは、自分が立ち上げた事業や会社に対する「距離感」です。

 

私たちのような一般的な経営者は、自分が作った会社を「我が子」のように感じています。社員は家族同然で、提供するサービスや商品には、自分の魂の一部が宿っているとさえ思う。だからこそ、それを「売る」という行為には、とてつもない抵抗を感じるはずです。自分の子供を、値段をつけて売りに出せますか?そういう話です。

 

ところが、シリアルアントレプレナーは、この点において非常に「ドライ」です。もちろん、事業への愛情や情熱がないわけではありません。むしろ、立ち上げ期の熱量は誰よりも高い。しかし、彼らにとって会社は「最高傑作の作品」であると同時に、いつか市場で最高値をつけるための「商品」でもある。この二つの側面を、冷静に両立させているんです。

 

目的が「売却による利益の最大化」であると明確だから、情に流されて売却のタイミングを逃すこともないし、買い手から厳しい条件を突きつけられても、感情的にならずに交渉を進められる。この「ドライな愛情」とでも言うべきスタンスは、我が子のように会社を愛してしまう我々には、なかなか真似できるものではありません。そして、それでいいんだと私は思うんです。その不器用なほどの愛情こそが、会社を長く存続させる力になるのですから。

なぜあなたは「繰り返す」ことを夢見てしまうのか

 

さて、ここまで連続起業家がいかに特殊な存在であるかを語ってきました。それでもなお、多くの人が「起業と売却を繰り返す」という道に惹かれてしまうのはなぜなのでしょうか。その気持ち、否定するつもりは全くありません。だって、魅力的に見えますからね。でも、その憧れの裏側に隠された、あなた自身の心理を一度、正直に見つめ直してみませんか?

「成功=イグジット」という刷り込みの罠

いつの間にか、私たちの頭の中には、ある種の「方程式」が刷り込まれてしまっているように感じます。それは、「スタートアップの成功 = イグジット(IPO or M&A)」というものです。

 

特にIT系のスタートアップ界隈では、この風潮が顕著ですよね。投資家から資金調達をすれば、彼らは当然リターンを求めます。その最大のリターンが、株式公開(IPO)か、会社売却(M&A)になる。だから、事業計画の段階から「どうやってイグジットするか」を考えるのが当たり前になっている。

 

メディアもそれを煽ります。「創業〇年で〇〇億円の大型イグジット!」なんてニュースが流れれば、それが唯一の成功モデルであるかのように錯覚してしまう。でも、本当にそうでしょうか?

 

世の中には、イグジットなんて全く考えず、何十年にもわたって地域社会に貢献し、従業員とその家族の生活を守り、顧客から「ありがとう」と言われ続けている素晴らしい会社が、星の数ほど存在します。派手さはないかもしれない。でも、それだって紛れもない「成功」じゃないですか。私たちは、メディアが切り取るキラキラした成功の形だけに、目を奪われすぎていやしないでしょうか。その「刷り込み」から自由になることが、まず第一歩です。

もしかして、今の事業から「逃げたい」だけじゃない?

ここからは、少しだけ厳しいことを言います。もしかしたら、あなたが「会社を売却したい」と考える根本的な理由は、もっと別のところにあるのかもしれません。

 

…ズバリ、今の事業がしんどすぎて、「逃げたい」だけじゃないですか?

 

毎月の資金繰りのプレッシャー。言うことを聞かない社員との人間関係。思うように伸びない売上。クレーム対応。いつ終わるとも知れない長時間労働。もう、全部放り出してしまいたい!って思う日、ありますよね。私だって、何度もありました。そんな時、「会社を売ってしまえば、この苦しみから解放されて、大金も手に入って、人生リセットできる…」なんて考えが、悪魔の囁きのように聞こえてくるんです。

 

気持ちは、痛いほどわかります。でも、断言します。それは幻想です。まず、先ほども言ったように、会社を売るプロセス自体が地獄のように大変です。そして仮に売れたとしても、その解放感は一瞬。すぐに、「自分は何のために生きてるんだっけ?」という虚無感に襲われる人も少なくありません。

 

問題の根本は、売却できるかどうかじゃない。今の事業が抱える課題そのものです。その課題から目を背けるために、「売却」という安易な逃げ道に夢を見ていないか。一度、自分の胸に手を当てて、静かに問いかけてみてほしいんです。その心の声にこそ、あなたが本当に向き合うべきことがあるはずです。

凡人が目指すべき、地に足のついた「一つの成功」

 

では、シリアルアントレプレナーという道が現実的でないとしたら、私たちのような普通の人間、言ってしまえば「凡人」は、一体何を目指せばいいのでしょうか。答えは、驚くほどシンプルです。そして、あなたも本当は気づいているはず。そうです、まずは目の前にある「一つの会社」を、死に物狂いで成功させること。これ以外に、私たちに進むべき道はありません。

「一つの成功」の定義を自分で決めよう

ここで大事なのが、「成功」の定義を、世間やメディアの基準に委ねないことです。あなたにとっての成功とは、一体何ですか?

 

売上100億円ですか?従業員1000人ですか?全国展開ですか?もちろん、それも立派な成功です。でも、それだけが答えじゃない。

 

例えば、従業員は5人だけど、全員が心から「この会社で働けて幸せだ」と思ってくれている状態。これも最高の成功じゃないですか。

 

あるいは、利益はそこそこでも、地域のお客さんから「この店がなくなったら困るよ」と愛されている状態。これだって、お金には代えがたい成功です。

 

自分の時間を大切にしながら、家族との食卓を笑顔で囲めること。これも、経営者としての立派な成功の形だと私は思います。

 

イグジットという他者評価に依存したゴールではなく、自分自身の価値観に基づいた「成功の物差し」を持つこと。これが、ブレずに経営を続けるための、何よりの羅針盤になります。「自分は、この会社を通じて、何を成し遂げたいのか」。この問いに、あなただけの答えを見つけることから、すべては始まります。

会社を「育てる」という喜びを知ってほしい

売却を前提とした経営は、どこか短期的な視点になりがちです。「どうすれば企業価値を最大化できるか」という計算が先に立つ。でも、会社を長く「育てる」という視点に立つと、まったく違う景色が見えてきます。

 

それは、効率や利益だけでは測れない、人間的な喜びに満ちた世界です。新卒で入った社員が、少しずつ仕事を覚えて、一人前に成長していく姿を見守る喜び。社員が結婚し、子供が生まれ、「社長のおかげで家が買えました」と報告に来てくれた時の、胸が熱くなるような喜び。

 

長年かけて開発した商品が、お客様の悩みを解決し、心からの感謝の手紙をもらった時の、震えるような喜び。これらはすべて、会社を「売るための商品」ではなく、「育てるべき我が子」として捉えているからこそ味わえる、かけがえのない報酬です。もちろん、その過程には、責任という重圧が常につきまといます。でも、その重圧があるからこそ、経営者は人として成長できる。この泥臭くて、人間臭い喜びこそ、事業を続ける最大のモチベーションになるんじゃないでしょうか。

泥臭い日々の先にしか、本当の景色は見えない

結局のところ、経営に近道や裏技なんて存在しないんですよね。私も若い頃は、何か一発逆転のすごいアイデアがあるんじゃないか、何か画期的なマーケティング手法があるんじゃないかって、必死に探していました。情報商材に手を出して、大失敗したこともありますよ。ええ、今だから笑って話せますけどね。

 

でも、たくさんの失敗を経てわかったのは、成功への道は、ただただ地味で、泥臭い日々の積み重ねの先にある、ということでした。

 

お客様一人ひとりに、誠実に向き合うこと。
昨日より今日、今日より明日、製品やサービスの質を0.1%でも改善しようと努力すること。
うまくいかないことがあっても、決して諦めずに、粘り強く解決策を探し続けること。

 

本当に、これだけなんです。華やかな成功譚の裏側は、いつだってこういう地味な作業の連続です。連続起業家のように、次から次へと新しい山を登るのではなく、今いる山を、誰よりも高く、誰よりも深く掘り下げていく。その先にこそ、あなただけの素晴らしい景色が広がっているはずです。焦る必要なんて、どこにもないんですよ。

もし、それでも「売却」を考えるなら

 

ここまで、散々「まずは一つの事業に集中しろ」と言い続けてきました。でも、「いや、自分の事業は将来的に売却することも選択肢として真剣に考えているんだ」という強い意志を持った方もいるでしょう。その覚悟があるのなら、私はもう止めません。むしろ、その目標に向かって何をすべきか、具体的な話をしましょう。中途半半端な気持ちで目指すのが一番危ないですからね。

「売れる会社」の作り方を最初から意識する

会社を将来的に売却したいのであれば、それはもう、創業の初期段階から意識しておく必要があります。「いつか売れたらいいな」くらいの気持ちでは、まず売れません。「売るために作る」というくらいの強い意志が必要です。

 

そのために重要なのは、「属人性の排除」です。つまり、「社長のあなたがいなくても、会社が問題なく回る仕組み」を作ること。あなたがトップセールスマンであり、あなたが天才的な開発者であるうちは、会社はあなた個人の能力に依存してしまっています。そんな会社、買い手からすればリスクでしかありません。あなたがいなくなったら、価値がゼロになるかもしれないからです。

 

だから、マニュアルを作り、業務を標準化し、権限を委譲し、優秀なナンバー2を育てることが不可欠になります。寂しい話に聞こえるかもしれませんが、「社長がいなくても大丈夫な会社」こそが、最も高く売れる会社なんです。

 

また、当然ですが、財務諸表、つまり決算書をクリーンに保つことも絶対条件です。どんぶり勘定なんてもってのほか。税理士や会計士としっかり連携し、誰が見ても明朗な会計状態を維持してください。デューデリジェンス(企業価値査定)の際に、ここが汚いと、話にすらなりませんからね。

いつか来るその日のための「準備」とは

事業が順調に成長し、いよいよ売却が現実的な選択肢になってきたら、専門家の力を借りる準備を始めましょう。M&Aのプロセスは非常に専門的で、素人が一人で乗り切れるほど甘くはありません。

 

信頼できるM&Aアドバイザーや仲介会社、M&Aに強い弁護士や会計士とのコネクションを、早いうちから作っておくことをお勧めします。彼らは、あなたの会社の価値を客観的に評価し、最適な買い手候補を見つけ、複雑な交渉を有利に進めるためのパートナーになってくれます。

 

ただ、何度も言いますが、こうした準備は、あくまで事業がしっかりと軌道に乗り、利益も出て、組織としても安定してから考えるべきことです。創業期や成長期に、売却のことばかり考えていては、本業がおろそかになり、本末転倒です。まずは目の前の顧客と向き合い、良い製品・サービスを提供し、会社を成長させること。その結果として、「売却」という選択肢が生まれてくる。この順番を、絶対に見失わないでください。

まとめ 連続起業家という幻想を捨て、あなただけの「成功」をその手に掴むために

 

私が伝えたかったことは、もうお分かりいただけたかと思います。
「起業して売却を繰り返す」というシリアルアントレプレナーの生き方は、確かに存在します。しかし、それはごく一握りの、特殊な才能と強靭な精神を持った人間にのみ許された、極めて例外的な道です。メディアが作り上げる華やかなイメージに惑わされ、「自分もそうならなければ」と焦る必要は、全くありません。

 

むしろ私たちが本当に向き合うべきは、目の前にある、たった一つの事業です。その事業を、どうすればお客様にもっと喜んでもらえるか。どうすれば従業員がもっと幸せに働けるか。どうすれば、長く社会に必要とされる存在になれるか。その泥臭くも尊い問いと、日々格闘し続けること。そのプロセスの中にこそ、経営の本当の喜びと、あなただけの「成功」が隠されています。

 

世間が押し付ける「成功の物差し」は、一度脇に置いてみましょう。あなたにとっての幸せな経営とは何か。あなたにとっての会社の理想の姿とは何か。その答えは、あなたの心の中にしかありません。連続起業家という幻想を追いかけるのをやめ、地に足をつけ、あなた自身の物語を紡いでいってください。その誠実な挑戦を、私は心から応援しています。